2014年 07月 23日
ディナーショー、そして米子匡司くんとの出会いについて |
ちょっと間が空いてしまいましたが投稿します。前回は近江八幡で開催された「癖の再演」のWS告知もかねて人間の「美意識/こだわり/癖」のこの「/」(ホーダー)ってどこにあんねん?的な話を書きましたね。おかげさまでWSは盛況のうちいい空気感でやらせていただいたのですが、このことについてはまた別途、書きたいと思っています。
さて、今日は「ディナーショー」のことについて書きたいと思います。
いきなり「ディナーショーってなんの話やねん!?」って普通なりますよね。そう、私が出演するディナーショーが7/27(日)に大阪で開催されることになったのですよ。
誘ってくれたのは会場であるport(大阪市此花区四貫島)を運営する米子匡司くん。
この米子くんをportを運営する人として紹介するのはなんだか不思議な感じで、彼とは2002年に出会って以降、ほんと酸いも甘いも色んなことを共有して、これまでなんだかんだとつかず離れず、共に活動してきた友人です。音楽家であり、プログラマであり、工作家であり、スペース(FLOATやport)の運営者でもある米子くん。彼との出会いはいま一緒に参加しているサウンドユニット「SjQ」のリーダーの魚住勇太との再会のとき。
「再会」って書いたのは、魚住くんは僕の中学3年生のときの同級生なんです。彼とは一緒にいろんな音楽(ってほとんどYMOがらみだけど…)を聴いて、漠然とした将来の中で「なにかしら音楽をやっていくんだろうな」ってことだけはお互い共有していたような気がしつつ、中学卒業以降は大学卒業するまで一度も会わなかっただけど、ある時、魚住と僕の共通の友人のライブの会場でばったり再会をしてしまったんですな。当時僕は、「越後屋」というバンドでドラムを担当し、CDリリースとライブに励みつつ、一方で「大和川レコード」というソロ名義で、弾き語りのリミックスみたいなことをやっていたんです。そして魚住はちょうどそのタイミングでSjQ(当時はSamuraiJazz)で1stアルバムのリリースを控えていたとき。その後、結局、僕はSjQのライブツアーのメンバーとして参加するんだけど、その再会のときに魚住くんの横にいたのが米子くんでした。ほんとなんと言うか寡黙で、何を考えているかよくわからない感じで(今もそういうとこあるけど、昔はもっと謎めいていた気が)、そんときはほとんど喋らなかったような気がします。
その後、僕は大和川レコードで初の自主企画を2003年1月にまだできて間がない中崎町の天人(あまんと)でやらせてもらうんですが、そんときに魚住くんと米子くんとギターのnkgtくんにもゲストとして出てもらったんだけど、それ以降、米子くんが大和川レコードに対する率直な興味を示してくれたことがとても嬉しかった。それから、彼にはなんどかフィールドレコーディングを手伝ってもらったりして、深夜に故郷の泉北ニュータウンの公園で僕の曲をトロンボーンで吹いてもらって録音したり、いやぁ、もう10年以上も前なのですね。
SjQ以外でも、ソロ同士でセッションしたり、「スキマ芸術」というネットラジオをやったり、僕が企画するイベントやスペースの運営を手伝ってもらったり。
そんな感じでお互いのリアルタイムな感心を共有しつつ、ほんとに色々お世話になってきたんだけど、大和川レコードに関しては僕は何か具体的に「出し切った感」を感じて活動を収束させることになるんですね。それは2008年の横浜のBankARTで開催されたパフォーマンスアワード「BankART Cafe LiveSeries」にて大和川レコードが大賞を受賞して(共に受賞したのは「のびアニキ」こと金子良くんでした)、米子くんにもサポートに入ってもらって黄金町で滞在制作をした際のことでした。僕はその時に、一方で「住み開き」など、プロジェクトとしての表現を模索していて、その過程で翻ってパフォーマンスのライブ性に対してどのように対応するか(なんと言うか「音楽ライブ」そのものに付随する「強い表現性」とか、よく言われるような「結局、音楽は“音楽”でしかないから」的な物言いに対するやはり拭えない違和感とか)にかなり悩んでいて、その後、2010年にひとまず「大和川レコード」の看板を下ろすことにしたのです。
その時は、一語一句は覚えていないけど米子くんが素直に残念がってくれたことに対して、なんだか複雑な思いで受け止めたことを今でも覚えています。
僕としては大和川レコードで実践してきたこと(それは端的に言うと、「日常と表現の境い目はどこにあるか」を音楽で追求すること)を、音楽意外の、もっと言えば芸術という枠組み以外の、もっと広いフィールドで引き続きやっていけたらなという思いがあったし、今でもそれは変わらないんだけど、きっと同時に、大和川レコード、あるいは「歌」でしかできないことも確かにあると改めて思うことも多々あります。
今回、米子くんから「ディナーショーをやってほしい」という誘いを受けたときは、まぁもちろん「おお、ディナーショーか…」というその枠に対するどないしよか感もありましたけど、それ以上にきっと、歌を歌うことや音楽をわりとストレートにやることを求められているんだろうなとは感じていました。でも、ここ最近、ライブにしろ、講演にしろ、ワークショップにしろ、書き物にしろ「なんでもやりたいことをやって」的なオファーを承けることは少なく、ほとんど何かしらのテーマ性(ライブは基本、SjQの方が多かったし、ソロで呼ばれるときも「DJ話芸やって」とか「ドラム叩いて」とかわりと明確だった)や制約があることが多かったから、「ディナーショー」というある意味「あんたが好きなことやることが大事」的なオファーって、改めてどうしたらええかわからなくなってしまって…。それで、単刀直入に彼に「何をやってほしい?」って相談したんですね。そしたら「歌を歌ってほしい」と。「大和川的なことをやってほしい」と言われたので、いろいろ考えて、まぁ当日までどうなるかわからんけど、その期待にはできるだけ答えることが、いまの自分にとってもなんだかとても大事なことのような気がしました。
2008年に彼が九条でFLOATをやりだして、ある意味では「場所の人」(こういうと本人は嫌がるかもしれませんが)となり、彼自身を取り囲む大阪のシーンや、此花界隈の街との関わりが深まるにつれて、僕自身は逆に2010年以降、これまで大阪で運営してきたすべての場所を失ったり、離れたリするなかで、いつしかスキマ芸術も途絶えてしまって、僕は大阪も離れてしまったりで、以前よりはSjQ以外で一緒に何かをすることが少なくなりましたが、ディナーショーのウェブサイトの告知文を読んだときに、なんだかんだと変遷を見ていてくれたように思えて、素直にとても嬉しくなったんです。
ということで、ここからは告知です。
ちなみに写真はスーツを着ているものがいいだろうということになり、急遽、結婚式で業者さんに撮られた(!?)写真を提供しました。料理は巴大樹くんのインディーズ寿司。まだ席がありますので、どうぞご予約くださいね。
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アサダワタル - ディナーショー
http://shikanjima-port.jp/#eventdetail=3
日時:2014年7月27日(日)
開場18:30 開演19:00 料金:2,300円(料理(巴大樹のインディーズ寿司)とワンドリンク付)
予約:最大20名(要予約)
問い合わせフォームよりご予約ください
PORT1F飲食店スペースにて、音楽家・文筆家のアサダワタルを迎えてのディナーショーを開催します。
彼のバックグラウンドには、ギター弾き語りによるポップソングに映像や録音などの形で『日常』を取り込んで再構築する画期的なソロユニット『大和川レコード』でのライブ活動や、複数のバンドでのドラム奏者としての音楽家としての活動があり、一方では『住み開き(住み開き 家から始めるコミュニティ/2012年 筑摩書房刊行)』や『コミュニティ難民(単著を近日出版予定)』という、言葉で日常や生活の捉え方を作り替える思索家・文筆家としての側面があります。
今回は、彼の取り扱う『音』と『言葉』という2つの要素を取り合わせ、一夜限りのパフォーマンスとして皆さんにお届けします。
近年は執筆や、日本各地でのトーク・ワークショップなどでご活躍のため、ソロでのパフォーマンスに触れる機会は一時に比べて貴重となっている彼の公演ですので、この機会にどうぞお越しください。
また、今回の料理は巴大樹による『インディーズ寿司』。ほかの分野の料理では定評のある彼が、あえて未挑戦に挑む、この機会しか食べられないお寿司もどうぞお楽しみに。
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さて、今日は「ディナーショー」のことについて書きたいと思います。
いきなり「ディナーショーってなんの話やねん!?」って普通なりますよね。そう、私が出演するディナーショーが7/27(日)に大阪で開催されることになったのですよ。
誘ってくれたのは会場であるport(大阪市此花区四貫島)を運営する米子匡司くん。
この米子くんをportを運営する人として紹介するのはなんだか不思議な感じで、彼とは2002年に出会って以降、ほんと酸いも甘いも色んなことを共有して、これまでなんだかんだとつかず離れず、共に活動してきた友人です。音楽家であり、プログラマであり、工作家であり、スペース(FLOATやport)の運営者でもある米子くん。彼との出会いはいま一緒に参加しているサウンドユニット「SjQ」のリーダーの魚住勇太との再会のとき。
「再会」って書いたのは、魚住くんは僕の中学3年生のときの同級生なんです。彼とは一緒にいろんな音楽(ってほとんどYMOがらみだけど…)を聴いて、漠然とした将来の中で「なにかしら音楽をやっていくんだろうな」ってことだけはお互い共有していたような気がしつつ、中学卒業以降は大学卒業するまで一度も会わなかっただけど、ある時、魚住と僕の共通の友人のライブの会場でばったり再会をしてしまったんですな。当時僕は、「越後屋」というバンドでドラムを担当し、CDリリースとライブに励みつつ、一方で「大和川レコード」というソロ名義で、弾き語りのリミックスみたいなことをやっていたんです。そして魚住はちょうどそのタイミングでSjQ(当時はSamuraiJazz)で1stアルバムのリリースを控えていたとき。その後、結局、僕はSjQのライブツアーのメンバーとして参加するんだけど、その再会のときに魚住くんの横にいたのが米子くんでした。ほんとなんと言うか寡黙で、何を考えているかよくわからない感じで(今もそういうとこあるけど、昔はもっと謎めいていた気が)、そんときはほとんど喋らなかったような気がします。
その後、僕は大和川レコードで初の自主企画を2003年1月にまだできて間がない中崎町の天人(あまんと)でやらせてもらうんですが、そんときに魚住くんと米子くんとギターのnkgtくんにもゲストとして出てもらったんだけど、それ以降、米子くんが大和川レコードに対する率直な興味を示してくれたことがとても嬉しかった。それから、彼にはなんどかフィールドレコーディングを手伝ってもらったりして、深夜に故郷の泉北ニュータウンの公園で僕の曲をトロンボーンで吹いてもらって録音したり、いやぁ、もう10年以上も前なのですね。
SjQ以外でも、ソロ同士でセッションしたり、「スキマ芸術」というネットラジオをやったり、僕が企画するイベントやスペースの運営を手伝ってもらったり。
そんな感じでお互いのリアルタイムな感心を共有しつつ、ほんとに色々お世話になってきたんだけど、大和川レコードに関しては僕は何か具体的に「出し切った感」を感じて活動を収束させることになるんですね。それは2008年の横浜のBankARTで開催されたパフォーマンスアワード「BankART Cafe LiveSeries」にて大和川レコードが大賞を受賞して(共に受賞したのは「のびアニキ」こと金子良くんでした)、米子くんにもサポートに入ってもらって黄金町で滞在制作をした際のことでした。僕はその時に、一方で「住み開き」など、プロジェクトとしての表現を模索していて、その過程で翻ってパフォーマンスのライブ性に対してどのように対応するか(なんと言うか「音楽ライブ」そのものに付随する「強い表現性」とか、よく言われるような「結局、音楽は“音楽”でしかないから」的な物言いに対するやはり拭えない違和感とか)にかなり悩んでいて、その後、2010年にひとまず「大和川レコード」の看板を下ろすことにしたのです。
その時は、一語一句は覚えていないけど米子くんが素直に残念がってくれたことに対して、なんだか複雑な思いで受け止めたことを今でも覚えています。
僕としては大和川レコードで実践してきたこと(それは端的に言うと、「日常と表現の境い目はどこにあるか」を音楽で追求すること)を、音楽意外の、もっと言えば芸術という枠組み以外の、もっと広いフィールドで引き続きやっていけたらなという思いがあったし、今でもそれは変わらないんだけど、きっと同時に、大和川レコード、あるいは「歌」でしかできないことも確かにあると改めて思うことも多々あります。
今回、米子くんから「ディナーショーをやってほしい」という誘いを受けたときは、まぁもちろん「おお、ディナーショーか…」というその枠に対するどないしよか感もありましたけど、それ以上にきっと、歌を歌うことや音楽をわりとストレートにやることを求められているんだろうなとは感じていました。でも、ここ最近、ライブにしろ、講演にしろ、ワークショップにしろ、書き物にしろ「なんでもやりたいことをやって」的なオファーを承けることは少なく、ほとんど何かしらのテーマ性(ライブは基本、SjQの方が多かったし、ソロで呼ばれるときも「DJ話芸やって」とか「ドラム叩いて」とかわりと明確だった)や制約があることが多かったから、「ディナーショー」というある意味「あんたが好きなことやることが大事」的なオファーって、改めてどうしたらええかわからなくなってしまって…。それで、単刀直入に彼に「何をやってほしい?」って相談したんですね。そしたら「歌を歌ってほしい」と。「大和川的なことをやってほしい」と言われたので、いろいろ考えて、まぁ当日までどうなるかわからんけど、その期待にはできるだけ答えることが、いまの自分にとってもなんだかとても大事なことのような気がしました。
2008年に彼が九条でFLOATをやりだして、ある意味では「場所の人」(こういうと本人は嫌がるかもしれませんが)となり、彼自身を取り囲む大阪のシーンや、此花界隈の街との関わりが深まるにつれて、僕自身は逆に2010年以降、これまで大阪で運営してきたすべての場所を失ったり、離れたリするなかで、いつしかスキマ芸術も途絶えてしまって、僕は大阪も離れてしまったりで、以前よりはSjQ以外で一緒に何かをすることが少なくなりましたが、ディナーショーのウェブサイトの告知文を読んだときに、なんだかんだと変遷を見ていてくれたように思えて、素直にとても嬉しくなったんです。
ということで、ここからは告知です。
ちなみに写真はスーツを着ているものがいいだろうということになり、急遽、結婚式で業者さんに撮られた(!?)写真を提供しました。料理は巴大樹くんのインディーズ寿司。まだ席がありますので、どうぞご予約くださいね。
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アサダワタル - ディナーショー
http://shikanjima-port.jp/#eventdetail=3
日時:2014年7月27日(日)
開場18:30 開演19:00 料金:2,300円(料理(巴大樹のインディーズ寿司)とワンドリンク付)
予約:最大20名(要予約)
問い合わせフォームよりご予約ください
PORT1F飲食店スペースにて、音楽家・文筆家のアサダワタルを迎えてのディナーショーを開催します。
彼のバックグラウンドには、ギター弾き語りによるポップソングに映像や録音などの形で『日常』を取り込んで再構築する画期的なソロユニット『大和川レコード』でのライブ活動や、複数のバンドでのドラム奏者としての音楽家としての活動があり、一方では『住み開き(住み開き 家から始めるコミュニティ/2012年 筑摩書房刊行)』や『コミュニティ難民(単著を近日出版予定)』という、言葉で日常や生活の捉え方を作り替える思索家・文筆家としての側面があります。
今回は、彼の取り扱う『音』と『言葉』という2つの要素を取り合わせ、一夜限りのパフォーマンスとして皆さんにお届けします。
近年は執筆や、日本各地でのトーク・ワークショップなどでご活躍のため、ソロでのパフォーマンスに触れる機会は一時に比べて貴重となっている彼の公演ですので、この機会にどうぞお越しください。
また、今回の料理は巴大樹による『インディーズ寿司』。ほかの分野の料理では定評のある彼が、あえて未挑戦に挑む、この機会しか食べられないお寿司もどうぞお楽しみに。
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大和川レコード
インディペンデントレーベル (2005-06-01)
売り上げランキング: 1,409,570
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by yamatogawarecord
| 2014-07-23 22:50